歳をとることはそれほど怖くはなかった。歳を取ることは僕の責任ではない。誰だって歳は取る。それは仕方のないことだ。僕が怖かったのは、ある一つの時期に達成されるべき何かが達成されないままに終わってしまうことだった。それは仕方のないことではない。
それも、僕が外国に出ようと思った理由のひとつだった。日本にいると、日常にかまけているうちにそしてそうしているうちに何かが失われてしまいそうに思えた。僕は、言うなれば、本当にありありとした、手応えのある生の時間を自分の手の中に欲しかったし、それは日本にいては果たしえないことであるように感じたのだ。
2006年、5月末から12月末まで7ヶ月弱かけて、中国と東南アジアを旅した記録です。
帰国 12/20
飛行機のチケットを買ったオフィスで飛行場行きのバスを待ち、八時半過ぎ、迎えが来てワゴン車で空港へ。開港したての新空港、さすがにピカピカである。
チェックインの際荷物を間違えられるという問題はあったものの、まあまあスムーズに出国手続きまで終わることができた。免税店エリアでビールの一杯も飲もうかと思ったら、シンハの缶一本100バーツとかメチャメチャな価格設定になっていて、結局何も買わなかった。高すぎる以前に現金が40バーツくらいしか残っていなかったので。
夜中12時40分くらい、予定よりも三十分ほど遅れて搭乗、すぐに離陸。チェックインが遅かったおかげか、窓際三人がけの席で俺一人だったので夜は横になって眠ることができた。
20日の分も少し付け足しておく。朝5時半くらいに朝食が配られる。食べ終わってまだ早いのでちょっと寝ようとしたら、すぐに到着体勢云々のアナウンスが。よく考えたら時差が二時間あるので六時が、到着予定である日本の八時に当たるわけである。予想していなかったのでからだが全然反応できず、まだかなり眠い状態で成田に降り立つ。成田は思ったほど寒くはなかった。
荷物は特に問題無く帰ってきて、何事も無
バンコク ジャイアントスイング
チャイナタウンから歩いて北上。地図上の「ジャイアントスイング」なるものを目指すが、広場があるだけでそれらしきものは見つからなかった。一体なんだったんだろう?歩きすぎて大分疲れたので広場でしばらく休憩。
バンコク チャイナタウン
チャイナタウン。
特に何を買うとも無くぶらぶらと店を見て回る。サイゴンでも同じように感じたのだが、特に「チャイナ」な印象は無い。それらしいのは店の名前がタイ語と漢字で併記されているくらいである。むしろ「チャイナ」としての面目は、その賑やかな市場にあるように思う。こう考えると中国人というのがいかに商売向きの民族であるかという事がわかる。ちなみにチャイナタウンの近くにはCD屋ばかり並んでいる通りがあって、ここだと一枚40バーツで売っていた。ここで買えば良かった。
バンコク ワットアルン
川西岸のワットアルンを見学。20バーツ。細かく彫刻された五本の巨大な塔が建っている。アンコールワットの五本の尖塔同様、ヒンズー教の影響だろうか?ちなみにタイのお寺はいろいろと大きくてきれいな建築物が多いのだが、遠くから全体像を眺めるようなスペースが無いので、あまりきれいに見ることができない事が多い。
バンコク ワットポー
ワットポー。50バーツ。これもロンリープラネットでは20バーツになっている。お金が足りるかどうか不安になってきた。ここの見所は巨大な寝釈迦。でか過ぎて写真を撮りにくい。もちろん金ぴか。あとここはタイマッサージの本場としても有名で、中にお店が何軒もあるのだが、残念ながら現金が足りず、受けられなかった。暇だったらマッサージの講習を受けても面白いと思う。
バンコク ワットプラケオ
カオサンから歩いてまずはワットプラケオおよび王宮へ。門票250バーツ。ロンリープラネットには200バーツと書いてあったが値上げしたらしい。チェックアウトしてデポジット300バーツを返してもらって、手持ちのバーツがやっと500バーツ足らずしかなかったので、この50バーツの値上げは痛い。
ワットプラケオ。金ぴかキラキラ。同じ仏教でも日本とはまるで違う作り、信仰心の表れである。エメラルドブッダに手を合わせて旅の無事を感謝してくる。あと周りの壁のラーマヤーナの絵は見事だった。
王宮。ワットプラケオよりもむしろ落ち着いた作りである。内部も一部見れるのだが、プノンペンの王宮の方が豪華なような気がする。ちなみにこの中は日本人はもちろん中国人ツア
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